PhotoShopの怠慢
2013年3月4日 日常Windows7のファイルシステムにはプレビューが付いている。
どんなファイルでも、右側にプレビューが表示されて便利だ。
エクセルの中身も表示されるので、ある意味開かなくても良い場合まである。
ところが、フォトショップはプレビューが出ない。
フォトショップファイルにハイライトさせても、ただむなしく「プレビューを利用できません」と表示されるだけだ。
Adobe PhotoShopと言えば、最先端の技術を使った、業界最高峰の高機能画像編集ソフトであり、比類無き性能を誇っている。
もちろん、価値に匹敵する高価格、92,400円!
それが、このざまだ。
「信頼性」こそがこの価格の裏付けではないのか?
10万円近い値段を付けて、正式な「Windows版」という名称を掲げているにも関わらず、この怠慢!
正直、がっかりする内容である。
どんなファイルでも、右側にプレビューが表示されて便利だ。
エクセルの中身も表示されるので、ある意味開かなくても良い場合まである。
ところが、フォトショップはプレビューが出ない。
フォトショップファイルにハイライトさせても、ただむなしく「プレビューを利用できません」と表示されるだけだ。
Adobe PhotoShopと言えば、最先端の技術を使った、業界最高峰の高機能画像編集ソフトであり、比類無き性能を誇っている。
もちろん、価値に匹敵する高価格、92,400円!
それが、このざまだ。
「信頼性」こそがこの価格の裏付けではないのか?
10万円近い値段を付けて、正式な「Windows版」という名称を掲げているにも関わらず、この怠慢!
正直、がっかりする内容である。
IE9からBasic認証では「安全でないアクセス」というダイアログが出るようになったようだ。
認証なんて、別にどっちでもいいファイルだけど、
えーかっこしてBasic認証を設定しているのに、
これでは、より、かっこわるいではないか。
Digest認証を勉強しなきゃならん。
めんどくさい。
技術が広まる、セキュリティ方法が知れる、対抗策が出る、セキュリティが弱まる。新しいセキュリティが確立される。技術が広まる。あーあ、めんどくさい。
認証なんて、別にどっちでもいいファイルだけど、
えーかっこしてBasic認証を設定しているのに、
これでは、より、かっこわるいではないか。
Digest認証を勉強しなきゃならん。
めんどくさい。
技術が広まる、セキュリティ方法が知れる、対抗策が出る、セキュリティが弱まる。新しいセキュリティが確立される。技術が広まる。あーあ、めんどくさい。
PhotoShopにやられる
2013年2月25日 日常保存を忘れていた。
4時間分作業が巻き戻る。
Corel DRAWで作業しているときは、自動バックアップがある。
PowerPointで作業しているときは、作業ファイルが作られる。
それが当たり前だと思っていた。
久しぶりにPhotoShop作業をすると、保存を忘れると、前回保存の所まで巻き戻しだ。
一切救援手段はない。
真夜中なのに、「ああーー!!!」と叫んでしまった。
なにか手段は無いのかと検索するとCS6から自動保存が付いたようだ。
くそっ、バージョンアップせずにやり過ごそうとしてたのに…。
Windowsのプレビューもサポートしないくせに、値段だけ張る偉そうなAdobeには、本当に腹が立つ。
4時間分作業が巻き戻る。
Corel DRAWで作業しているときは、自動バックアップがある。
PowerPointで作業しているときは、作業ファイルが作られる。
それが当たり前だと思っていた。
久しぶりにPhotoShop作業をすると、保存を忘れると、前回保存の所まで巻き戻しだ。
一切救援手段はない。
真夜中なのに、「ああーー!!!」と叫んでしまった。
なにか手段は無いのかと検索するとCS6から自動保存が付いたようだ。
くそっ、バージョンアップせずにやり過ごそうとしてたのに…。
Windowsのプレビューもサポートしないくせに、値段だけ張る偉そうなAdobeには、本当に腹が立つ。
朝刊の一コママンガに「アベノジャンプ」と書いてあった。
安倍総理がスキーのジャンプをしてて、誰かが足を引っ張ってるとかそんな風なマンガだ。
「アベ」の「ジャンプ」?
アベノミクスは、アベエコノミクスの略だ。
いつから「アベ」の「ミクス」になったんだ?
三本の矢をミックスした経済政策だって事かな?
今日は、安倍総理の水筒の中身は何だ?という話で「アベノドリンク」と言っていた。
もう、これは、後戻りできないんだろう。
「安倍の」なんとか。で突っ走ってゆく事だろう。
やっぱりこれは、阿倍仲麻呂が多分に影響してるんだろうな。
安倍総理がスキーのジャンプをしてて、誰かが足を引っ張ってるとかそんな風なマンガだ。
「アベ」の「ジャンプ」?
アベノミクスは、アベエコノミクスの略だ。
いつから「アベ」の「ミクス」になったんだ?
三本の矢をミックスした経済政策だって事かな?
今日は、安倍総理の水筒の中身は何だ?という話で「アベノドリンク」と言っていた。
もう、これは、後戻りできないんだろう。
「安倍の」なんとか。で突っ走ってゆく事だろう。
やっぱりこれは、阿倍仲麻呂が多分に影響してるんだろうな。
タモリ倶楽部を録画で見ていた。
「カレー居酒屋」
インド出身の店主Tonyさんが経営する7席の居酒屋。人気メニューベスト5。
ポテトサラダ(カレー味)
焼き鳥(カレー味)
ぶり大根(カレー味)
おでん(カレー味)
店主はとっても日本的客あしらい。
「おいしくしようとすると、どうしてもカレー入れちゃう」
いつものメンバーが食べて、「あれ、おいしい」
「スパイスがめちゃ美味いな」
「なんだよ、これー!ってけなす回じゃなかったの?」
「ただ普通に美味そうに食ってるだけだけど、いいの?」
などと進んでいった。
見ながら、自分がインドで居酒屋開いたら、どうしても醤油入れちゃうだろうな。
みりんとか味噌とかも使っちゃうだろう。
Tonyさんも、そんな感じでガラムマサラを入れちゃってる。
こういうグローバル化って、ちょっと楽しい。
Tonyさんが日本に来た理由。
「小学生の時、珍しい鉛筆もらって、Made in Japanって書いてあったの。
でも、その鉛筆、ぜんっぜん、折れないの、ちっちゃくチビても書けるの。
それ以来、一度行ってみたいなー。って思うようになったの。」
いい話だけど。
世界中から粗悪品が流入し、「所詮百均だし」ってあきらめるのが当たり前になって、そんな日本人が子供を産み、孫を産み、粗悪品と価格競争を続けていたら、Made in Japanは、折れない鉛筆を作り続けるんだろうか?
そんな心配をしてしまった。
だめだめ、目の前のゴミを片付けよう。
汚れたものを見続けていたら、それが当たり前になる。
すばらしい日本人は、ひとり一人の心がけの積み重ねだ。
「カレー居酒屋」
インド出身の店主Tonyさんが経営する7席の居酒屋。人気メニューベスト5。
ポテトサラダ(カレー味)
焼き鳥(カレー味)
ぶり大根(カレー味)
おでん(カレー味)
店主はとっても日本的客あしらい。
「おいしくしようとすると、どうしてもカレー入れちゃう」
いつものメンバーが食べて、「あれ、おいしい」
「スパイスがめちゃ美味いな」
「なんだよ、これー!ってけなす回じゃなかったの?」
「ただ普通に美味そうに食ってるだけだけど、いいの?」
などと進んでいった。
見ながら、自分がインドで居酒屋開いたら、どうしても醤油入れちゃうだろうな。
みりんとか味噌とかも使っちゃうだろう。
Tonyさんも、そんな感じでガラムマサラを入れちゃってる。
こういうグローバル化って、ちょっと楽しい。
Tonyさんが日本に来た理由。
「小学生の時、珍しい鉛筆もらって、Made in Japanって書いてあったの。
でも、その鉛筆、ぜんっぜん、折れないの、ちっちゃくチビても書けるの。
それ以来、一度行ってみたいなー。って思うようになったの。」
いい話だけど。
世界中から粗悪品が流入し、「所詮百均だし」ってあきらめるのが当たり前になって、そんな日本人が子供を産み、孫を産み、粗悪品と価格競争を続けていたら、Made in Japanは、折れない鉛筆を作り続けるんだろうか?
そんな心配をしてしまった。
だめだめ、目の前のゴミを片付けよう。
汚れたものを見続けていたら、それが当たり前になる。
すばらしい日本人は、ひとり一人の心がけの積み重ねだ。
鼻毛なんて伸びなければいいのに。と思う。
いくら切っても伸びてくる。
ある程度伸びてくると、鼻の中がこそばくなる。
「見た目」と「こそばい」の観点から考えると、「全部剃ってしまえ」が正しいと思う。剃ってしまえば、次にこそばくなるまでかなり時間が稼げる。
しかし、ものの本を読むと「見えている鼻毛以外は切ってはならぬ」などと書いてある。
確かに有害な浮遊粒子状物質を防いでくれるんだろうけど、「こそばい」はどうすればよいのだろう?
「こそばい」の観点だけから考えると、毛先が鼻の中で揺れるからこそばい訳で、短いのがダメなのであれば、伸び放題に伸ばしてしまって、鼻の穴からぼうぼうに生えて出てくれば、こそばく無いだろう。
しかし、まだ老成していない私に、それは、ちょっとはずかしい。
一本ずつ切っていたのだが、電動鼻毛カッターが安売りしていたので買ってみた。これを突っ込んで終わり。という基準は楽ちんだな。とも思う。
いくら切っても伸びてくる。
ある程度伸びてくると、鼻の中がこそばくなる。
「見た目」と「こそばい」の観点から考えると、「全部剃ってしまえ」が正しいと思う。剃ってしまえば、次にこそばくなるまでかなり時間が稼げる。
しかし、ものの本を読むと「見えている鼻毛以外は切ってはならぬ」などと書いてある。
確かに有害な浮遊粒子状物質を防いでくれるんだろうけど、「こそばい」はどうすればよいのだろう?
「こそばい」の観点だけから考えると、毛先が鼻の中で揺れるからこそばい訳で、短いのがダメなのであれば、伸び放題に伸ばしてしまって、鼻の穴からぼうぼうに生えて出てくれば、こそばく無いだろう。
しかし、まだ老成していない私に、それは、ちょっとはずかしい。
一本ずつ切っていたのだが、電動鼻毛カッターが安売りしていたので買ってみた。これを突っ込んで終わり。という基準は楽ちんだな。とも思う。
続、プラチナ万年筆100円
2013年2月18日 日常アクセス解析を見ると、2/11に通常の3倍のアクセス量があった。
なんだこりゃ?とその日の日記を見てみると、「プラチナ万年筆100円」の回。
あー、タイトルかー。
「プラチナ万年筆100円」
お得情報でも書いてあると勘違いされたんだなぁ。
こういうタイトルを付ければ、アクセス数が稼げるのかー。
なんだか、わびしい話だが、さもありなん。
てなわけで、今日も、こんなタイトルを付けてみた。
はてさて、結果は。
(2/22追記)
まったく伸びなかった。あたりまえ。
なんだこりゃ?とその日の日記を見てみると、「プラチナ万年筆100円」の回。
あー、タイトルかー。
「プラチナ万年筆100円」
お得情報でも書いてあると勘違いされたんだなぁ。
こういうタイトルを付ければ、アクセス数が稼げるのかー。
なんだか、わびしい話だが、さもありなん。
てなわけで、今日も、こんなタイトルを付けてみた。
はてさて、結果は。
(2/22追記)
まったく伸びなかった。あたりまえ。
アベノミクスには期待してる。
デフレ不況は脱しなければならない。
言ってみれば、社会の鬱病だ。
少子化で需要が減少するとはいえ、
取引の全体量が減るだけで、一つ一つの取引は、変わらない。
人が産まれ、死ぬまでに必要な量は変わらない。
全体で見るから減るが、作る人も減る。
将来不安は、漠然とした不安でしかない。
漠然とした不安で経済活動を止めてしまっているのは、鬱病としか言えない。
もちろん、「従来通り」では立ちゆかなくなっているから、一度足を止めているのだが。
従来通りに戻すようではアベノミクスは失敗するだろう。
壊すものは壊す。これが大事だ。
小規模で済むものは小規模に置き換える。そんな公共投資を望んでいる。
幸いな事に、大量消費社会を経験したおかげで
人手を介さずモノを作るインフラは十分に整備された。
無人工場、POSシステム、消費予測自動受発注システム。
金融市場でもビッグデータ解析による市場動向予測解析により株取引は秒単位で自動売買される。
生きてゆくための、大半の仕事はすでに人間の手から離れている。
人は、人間らしい仕事をすればよい。
こんな投稿が目に付いた。
「電車でお年寄りに席を譲ったら、座らずに荷物だけ置いた。混んでるから座ってくれたらありがたいのに」
これへの回答は「立ち座りで痛みを感じるお年寄りも居る事に気づいて」だ。
こんな投稿をする人は立派な人だ。
お年寄りにちゃんと席を譲ろうとしているし、なぜ座らないか疑問に思い、他人に尋ねている。
PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルをキチンと行っている。立派な大人になるはずだ。これにへこたれずがんばって欲しい。
私が気付いたのは、高齢化は多様化でもある。ということだ。
歳を経ると身体も精神も人それぞれ特殊な変化をしてゆく。
ある人は膝が痛い、ある人は頑固に。機械的では済まされない個人的な理由を抱え込んでゆく。
何度も言っているが、短所と長所は特徴の言い換えに過ぎない。
ユニークな特性は、特徴を生み、短所と長所を生む。
これを負担と考えるか、可能性と捉えるかで世界は異なって見えてくる。
画一的な商品に囲まれて、画一的な利便性に合わせて暮らしてきた私たちが、それ以上の快適さを求められるような整備のためには、ユニークな特性の事例が豊富にある事、そしてそれに対応する新分野は宝の山だ。
自動機械で自動的に稼ぎ出す利益は、全体に分配してしまえばいい。
人は、その上に築く、人にしかできない、幸せを産み出す仕事をするべきだ。
デフレが続けば、モノの価値が下がる。
モノの価値が下がるとき、金を貯め込めば、相対的に得をする。
だから、大企業は内部留保ばかりを増やしている。
投資家への配当も問題だと思うが、内部留保を増やすだけの金持ちは、人の心のない自動機械のような会社だ。
人は、人と生きている。
経済は回らないと、新たな価値が産まれない。
他人が死ねば、回り回って自らの首を絞める。
そんな当たり前の事を昔の金持ちは知っていた。
自動投資システムにも、人の心を通わせる必要がある。
利益が見込めなくても、社会への投資をしなければ、この社会自体が潰れてしまう。
マーケティングは延長線しか描けない。
未来を描く事が人間のする事だ。
そして、将来の設計図を明るいものにしようとしない人は居ない。
未来とは、常に、あかるいものなのだ。
デフレ不況は脱しなければならない。
言ってみれば、社会の鬱病だ。
少子化で需要が減少するとはいえ、
取引の全体量が減るだけで、一つ一つの取引は、変わらない。
人が産まれ、死ぬまでに必要な量は変わらない。
全体で見るから減るが、作る人も減る。
将来不安は、漠然とした不安でしかない。
漠然とした不安で経済活動を止めてしまっているのは、鬱病としか言えない。
もちろん、「従来通り」では立ちゆかなくなっているから、一度足を止めているのだが。
従来通りに戻すようではアベノミクスは失敗するだろう。
壊すものは壊す。これが大事だ。
小規模で済むものは小規模に置き換える。そんな公共投資を望んでいる。
幸いな事に、大量消費社会を経験したおかげで
人手を介さずモノを作るインフラは十分に整備された。
無人工場、POSシステム、消費予測自動受発注システム。
金融市場でもビッグデータ解析による市場動向予測解析により株取引は秒単位で自動売買される。
生きてゆくための、大半の仕事はすでに人間の手から離れている。
人は、人間らしい仕事をすればよい。
こんな投稿が目に付いた。
「電車でお年寄りに席を譲ったら、座らずに荷物だけ置いた。混んでるから座ってくれたらありがたいのに」
これへの回答は「立ち座りで痛みを感じるお年寄りも居る事に気づいて」だ。
こんな投稿をする人は立派な人だ。
お年寄りにちゃんと席を譲ろうとしているし、なぜ座らないか疑問に思い、他人に尋ねている。
PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルをキチンと行っている。立派な大人になるはずだ。これにへこたれずがんばって欲しい。
私が気付いたのは、高齢化は多様化でもある。ということだ。
歳を経ると身体も精神も人それぞれ特殊な変化をしてゆく。
ある人は膝が痛い、ある人は頑固に。機械的では済まされない個人的な理由を抱え込んでゆく。
何度も言っているが、短所と長所は特徴の言い換えに過ぎない。
ユニークな特性は、特徴を生み、短所と長所を生む。
これを負担と考えるか、可能性と捉えるかで世界は異なって見えてくる。
画一的な商品に囲まれて、画一的な利便性に合わせて暮らしてきた私たちが、それ以上の快適さを求められるような整備のためには、ユニークな特性の事例が豊富にある事、そしてそれに対応する新分野は宝の山だ。
自動機械で自動的に稼ぎ出す利益は、全体に分配してしまえばいい。
人は、その上に築く、人にしかできない、幸せを産み出す仕事をするべきだ。
デフレが続けば、モノの価値が下がる。
モノの価値が下がるとき、金を貯め込めば、相対的に得をする。
だから、大企業は内部留保ばかりを増やしている。
投資家への配当も問題だと思うが、内部留保を増やすだけの金持ちは、人の心のない自動機械のような会社だ。
人は、人と生きている。
経済は回らないと、新たな価値が産まれない。
他人が死ねば、回り回って自らの首を絞める。
そんな当たり前の事を昔の金持ちは知っていた。
自動投資システムにも、人の心を通わせる必要がある。
利益が見込めなくても、社会への投資をしなければ、この社会自体が潰れてしまう。
マーケティングは延長線しか描けない。
未来を描く事が人間のする事だ。
そして、将来の設計図を明るいものにしようとしない人は居ない。
未来とは、常に、あかるいものなのだ。
久しぶりに電車に乗ってみると、みんなスマホをいじくってる。
(iPhoneが出た当時は見せびらかしついでにバンバンいじってたけど、これだけ多いとちょっとかっこわるいからはばかられる。文庫本読んでる人の方が逆にかっこいいな)
よく見ると、iPhoneが半数を超えているようだ。
特に、若い人たちは、大半がiPhoneだと感じる。
Andoroidは4.0以降とても使いやすくなった。
乗り換えて正解だったと思う。
・日本語変換ソフトを取り替える事が出来る。
・デスクトップにアイコンだけでなくウィジェットを配置できる。
・ランチャーを入れ替えられる。
機能的にはAndroidが格段に優れている。
あのタコな日本語入力につきあわなくても良いし、
いちいち立ち上げなくても情報が確認できるし、
アイコンを好きな位置における。
昔、「MacとWindowsどっちを買えばいいの?」
一時期よく質問されたが、答えは明白だった。
しかしながら、やはりiPhoneはダントツにiPhoneなのだ。
・開発者が多い。最新ゲームなどはiOSで開発先行する。
・機種が少ないのでケースなどのアクセサリが多い。
メリットはある。
でも、一番のメリットは「ブランド」だろう。
先行者の優越は「ブランド」に尽きる。
合成皮革の財布に5万円も出すのは、ルイヴィトンだからだ。
あの財布を革だと信じている人も少なくない。
そして、それが、良いのだ。
私は昔からあのリンゴマークが好きじゃないから、
(アンドロイドのドロイド君は、もっとサイテーであるが)
iPhone使っているときもカバーを付けてマークを隠していた。
全てを捨ててでも新機能へ突き進む社風は好きだったが、
あのマークは好きじゃなかった。
コンピュータなのにリンゴだし、誰かが囓ってるし、
なによりLove&Peace的な時代イメージを引きずっているのが好きじゃない。
だが、その違和感が今、大成功している。
先進的なガラスで出来たアップルストアにダッサいリンゴのマーク。
これがルノーのような幾何図形のマークだと、これほど成功しなかっただろう。
アップルは、あのマークのネクタイとかスカーフとか、
キティちゃんみたいに売り続ければよいのだと思う。
若者は保守的でみんなと同じである事を好む。
「ダサイ」という単語が全てを物語る。
成長過程にある人間は、自己確立のために排他的になる。
そういうものだ。
そう考えると、若者がiPhoneから離れられないのはよくわかる。
ま、そんな風に構えてAndroid生活を楽しんでいるのだが、
ここにきて、Androidバッシングが始まっているようだ。
あちこちで反アンドロイドの記事を見かけるようになった。
曰く、不安定だ。電話もつながらない。すぐ落ちる。
いつの時代の話だろう??
いったい誰がこんな話題を流しているのだろう?
やはり、アップル信者なのだろうか?
アップルの陰りは確かに心配である。
ジョブスの不在、
iPhone5の不振、
株価の下落、
NexsusとKidleFireの成功
知識のあるiPhoneユーザーであれば、
iPhoneの将来に不安に感じる要因は多い。
特に、ガジェット系のライター達は、早くからスマートホンに注目していたから、プライベートでiPhoneユーザーという人は多い。
彼らは、焦りを感じているのだろうか?
ネガティブキャンペーンを張っても、事態は何も変わらないのに…。
リンゴマークとiPhoneはブランドである。
ブランドニーズに合致した商品を作り続ければよい。
中途半端なiPad mini などを作って迎合しちゃいかん。
全てを捨てて、新しい分野に挑戦する気概を見せて欲しい。
噂されているiWatchがいかに他の機器と連携がとれたすばらしい製品になるのか?
とても期待している。
ジョブスは不在なのだが・・・・。
(iPhoneが出た当時は見せびらかしついでにバンバンいじってたけど、これだけ多いとちょっとかっこわるいからはばかられる。文庫本読んでる人の方が逆にかっこいいな)
よく見ると、iPhoneが半数を超えているようだ。
特に、若い人たちは、大半がiPhoneだと感じる。
Andoroidは4.0以降とても使いやすくなった。
乗り換えて正解だったと思う。
・日本語変換ソフトを取り替える事が出来る。
・デスクトップにアイコンだけでなくウィジェットを配置できる。
・ランチャーを入れ替えられる。
機能的にはAndroidが格段に優れている。
あのタコな日本語入力につきあわなくても良いし、
いちいち立ち上げなくても情報が確認できるし、
アイコンを好きな位置における。
昔、「MacとWindowsどっちを買えばいいの?」
一時期よく質問されたが、答えは明白だった。
しかしながら、やはりiPhoneはダントツにiPhoneなのだ。
・開発者が多い。最新ゲームなどはiOSで開発先行する。
・機種が少ないのでケースなどのアクセサリが多い。
メリットはある。
でも、一番のメリットは「ブランド」だろう。
先行者の優越は「ブランド」に尽きる。
合成皮革の財布に5万円も出すのは、ルイヴィトンだからだ。
あの財布を革だと信じている人も少なくない。
そして、それが、良いのだ。
私は昔からあのリンゴマークが好きじゃないから、
(アンドロイドのドロイド君は、もっとサイテーであるが)
iPhone使っているときもカバーを付けてマークを隠していた。
全てを捨ててでも新機能へ突き進む社風は好きだったが、
あのマークは好きじゃなかった。
コンピュータなのにリンゴだし、誰かが囓ってるし、
なによりLove&Peace的な時代イメージを引きずっているのが好きじゃない。
だが、その違和感が今、大成功している。
先進的なガラスで出来たアップルストアにダッサいリンゴのマーク。
これがルノーのような幾何図形のマークだと、これほど成功しなかっただろう。
アップルは、あのマークのネクタイとかスカーフとか、
キティちゃんみたいに売り続ければよいのだと思う。
若者は保守的でみんなと同じである事を好む。
「ダサイ」という単語が全てを物語る。
成長過程にある人間は、自己確立のために排他的になる。
そういうものだ。
そう考えると、若者がiPhoneから離れられないのはよくわかる。
ま、そんな風に構えてAndroid生活を楽しんでいるのだが、
ここにきて、Androidバッシングが始まっているようだ。
あちこちで反アンドロイドの記事を見かけるようになった。
曰く、不安定だ。電話もつながらない。すぐ落ちる。
いつの時代の話だろう??
いったい誰がこんな話題を流しているのだろう?
やはり、アップル信者なのだろうか?
アップルの陰りは確かに心配である。
ジョブスの不在、
iPhone5の不振、
株価の下落、
NexsusとKidleFireの成功
知識のあるiPhoneユーザーであれば、
iPhoneの将来に不安に感じる要因は多い。
特に、ガジェット系のライター達は、早くからスマートホンに注目していたから、プライベートでiPhoneユーザーという人は多い。
彼らは、焦りを感じているのだろうか?
ネガティブキャンペーンを張っても、事態は何も変わらないのに…。
リンゴマークとiPhoneはブランドである。
ブランドニーズに合致した商品を作り続ければよい。
中途半端なiPad mini などを作って迎合しちゃいかん。
全てを捨てて、新しい分野に挑戦する気概を見せて欲しい。
噂されているiWatchがいかに他の機器と連携がとれたすばらしい製品になるのか?
とても期待している。
ジョブスは不在なのだが・・・・。
51才女性が35才男性を刺したというニュースが流れた。
物理的には殺人未遂事件、女性犯人逮捕で終了。なのだろうが、ま、そこに至るにはお互いいろいろあったんだろう。
女性が刃物を持ち出すきっかけとして、男性のひどい言動が心に刺さったに違いない。積み重ねた心の傷がバネを圧縮しないと刃物は飛び出さない。
そして妄想する。
もし、心の傷が定量化されて、数値比較できるようになれば、心の傷も傷害事件として法整備されるようになるだろうか?
心的傷害事件として検挙されるようになるのだろうか?
そのとき、この事件は、一方的な傷害事件ではなくなるんだろうな。
しかし、言葉は中に消えてゆく。
立証は難しい。
ちなみに「痛さ」すら個人差があり定量化出来ないそうだ。
だから「全治何ヶ月」という物理的な期間で損害を算出してる。
精神的被害も「治療」方法が確立しないと「全治何ヶ月」は策定できないんだろうな。
いずれ将来、そんな技術が確立するだろう。
私たちは野蛮な時代に生きているのかもしれない。
物理的には殺人未遂事件、女性犯人逮捕で終了。なのだろうが、ま、そこに至るにはお互いいろいろあったんだろう。
女性が刃物を持ち出すきっかけとして、男性のひどい言動が心に刺さったに違いない。積み重ねた心の傷がバネを圧縮しないと刃物は飛び出さない。
そして妄想する。
もし、心の傷が定量化されて、数値比較できるようになれば、心の傷も傷害事件として法整備されるようになるだろうか?
心的傷害事件として検挙されるようになるのだろうか?
そのとき、この事件は、一方的な傷害事件ではなくなるんだろうな。
しかし、言葉は中に消えてゆく。
立証は難しい。
ちなみに「痛さ」すら個人差があり定量化出来ないそうだ。
だから「全治何ヶ月」という物理的な期間で損害を算出してる。
精神的被害も「治療」方法が確立しないと「全治何ヶ月」は策定できないんだろうな。
いずれ将来、そんな技術が確立するだろう。
私たちは野蛮な時代に生きているのかもしれない。
「腹筋1000回!」は暴力でパワハラじゃないんだろうか?
毎日1000回やってる人には暴力じゃないのかもしれない。
私なら暴力だし、人によっては50回でも暴力だ。
回数の問題だろうか?
本人が「鍛えたい」と思っているなら1000回でも頑張るだろう。
文系小学1年生に「腹筋50回!」を体育教師が言うのは「指導」の範囲か?
1000回なら暴力か?
無垢なる人に、効果を伝えず、命令しても、筋肉痛を知るだけだ。
しかし、それを知ることも何かに繋がる。
筋トレ→痛い→筋肉増強、自然科学的な事実を体感するのにも意味はあるだろう。
体育教育とは何なのだろう?
本当に、何も考えずに生きてきた。
マラソンで自己完結なトレーニングは勉強したが、「体育教育」とか「競争」とか「団体」ということを避けて生きてきたので、基礎教養が全くない。
誰にでもそんな分野はあるんだろうが、全く情けない自分。
毎日1000回やってる人には暴力じゃないのかもしれない。
私なら暴力だし、人によっては50回でも暴力だ。
回数の問題だろうか?
本人が「鍛えたい」と思っているなら1000回でも頑張るだろう。
文系小学1年生に「腹筋50回!」を体育教師が言うのは「指導」の範囲か?
1000回なら暴力か?
無垢なる人に、効果を伝えず、命令しても、筋肉痛を知るだけだ。
しかし、それを知ることも何かに繋がる。
筋トレ→痛い→筋肉増強、自然科学的な事実を体感するのにも意味はあるだろう。
体育教育とは何なのだろう?
本当に、何も考えずに生きてきた。
マラソンで自己完結なトレーニングは勉強したが、「体育教育」とか「競争」とか「団体」ということを避けて生きてきたので、基礎教養が全くない。
誰にでもそんな分野はあるんだろうが、全く情けない自分。
プラチナ万年筆100円
2013年2月11日 日常
こないだ梅田中を探し回った200円のプラチナ万年筆。
今日ダイソーに行ったら100円で万年筆が売ってて、
メーカーを見たらプラチナ。
むむむ。
もちろん、キャップは乾かないモードじゃないんだろうけど。
なんだかなー。
書き味は100円の方が良いかも。
なかなかインクが出なかったけど…。
物語性なんて、簡単に破壊されてしまう。
今日ダイソーに行ったら100円で万年筆が売ってて、
メーカーを見たらプラチナ。
むむむ。
もちろん、キャップは乾かないモードじゃないんだろうけど。
なんだかなー。
書き味は100円の方が良いかも。
なかなかインクが出なかったけど…。
物語性なんて、簡単に破壊されてしまう。
何かが思い出せないまま、信楽焼の狸の傘立てを見ていた。
この傘立ては、越してからずっとある。
なにかタヌキの謂われみたいな事が思い出せない。
フクロウの置物が流行っていた理由は「不苦労」なのだそうだ。
梟の置物を置いておくと、苦労せずに過ごせる。
そんな縁起物としての人気である。
たぬきも何かそんな語呂合わせがあって、人気があったはずだ。
何かよくわからないなと思いながら、信楽焼の狸の傘立てを見ていた。
雨の日にしか見ないから、傘を取る瞬間にしかそのことを思い出さない。
20年ぐらい使ってきて、この間、思い出した。
「他抜き」だ。
他の人を出し抜いてでも勝つ。それがタヌキ。
なんだかなぁ。新自由主義みたいだなぁ。
新自由主義といったら小泉氏とか安倍氏とか前原氏とか
紺のスーツでパリッとした男前で、
見た目で誤魔化しながら一人勝ちするイメージだったんだが、
タヌキかぁ。
タヌキ親父といえば、茶色のスーツで太ってて、愛想が良くて、腹黒い。そんなイメージ。
新自由主義のタヌキ親父。一番やなタイプだなぁ。いいとこ無いなぁ。
この狸の傘立て、どうにかしたいなぁ。
この傘立ては、越してからずっとある。
なにかタヌキの謂われみたいな事が思い出せない。
フクロウの置物が流行っていた理由は「不苦労」なのだそうだ。
梟の置物を置いておくと、苦労せずに過ごせる。
そんな縁起物としての人気である。
たぬきも何かそんな語呂合わせがあって、人気があったはずだ。
何かよくわからないなと思いながら、信楽焼の狸の傘立てを見ていた。
雨の日にしか見ないから、傘を取る瞬間にしかそのことを思い出さない。
20年ぐらい使ってきて、この間、思い出した。
「他抜き」だ。
他の人を出し抜いてでも勝つ。それがタヌキ。
なんだかなぁ。新自由主義みたいだなぁ。
新自由主義といったら小泉氏とか安倍氏とか前原氏とか
紺のスーツでパリッとした男前で、
見た目で誤魔化しながら一人勝ちするイメージだったんだが、
タヌキかぁ。
タヌキ親父といえば、茶色のスーツで太ってて、愛想が良くて、腹黒い。そんなイメージ。
新自由主義のタヌキ親父。一番やなタイプだなぁ。いいとこ無いなぁ。
この狸の傘立て、どうにかしたいなぁ。
複合筆記具を長年愛用していた。
黒・赤・シャープが内蔵されてこれ一本という「新しさ」が好きだった。
仕事を始めた当時はまだまだ新しく、太いモノや機能重視の不細工なものしか無かった。
バーバーリーブランドの一見万年筆のような複合筆記具を見つけたときは3本も買い込んだものだ。
しかし、寄る年波には勝てない。
黒だと思って書き始めると赤だったという事が頻発するようになった。
もう、複雑なものを使いこなす年じゃない。
細いペン先の文字も細すぎると見えにくくなった。
これは、黒しか出ない、これは、赤しか出ない。
どれも、太い字が書ける。
そういうものが欲しくなる。
ここで、「マッキー」に行く人を何人か知っているが、フエルトペンは好きじゃない。かすれ方が好きじゃない。
だとすると、もう、万年筆に行くしかない。
てなことで、万年筆にはまり、お気に入りも何本か見つけ、赤専用も買った。
ところが、絶滅危惧種には絶滅に至るちゃんとした理由がある。
しばらく使わずにいると、ペン先が乾く。
「あ、これメモ!」という時に、使えない。
毎日、日記を付け、手入れし、常に備えるべきなのだろうが、残念ながら私はそういう訓練をしてこなかった。今後もするつもりはない。
気に入らなかった万年筆を全部確かめる。
どれもこれも、書けない。
ただ、唯一、プラチナ万年筆のプレジールだけが書けた。
キャップに工夫がしてあり、1年使わなくても書けると宣伝の商品だ。
その機能だけで買ってみたがメッキがちゃちくて使わなかった。
ま、1000円の万年筆に何を欲張っているのかという問題である。
機能はよい。しかしこの品質は愛せない。
ここでプラチナの高級万年筆に行くべきなのだろうが、ペリカンやモンブランならいざ知らず、プラチナに数万円使う勇気がない。
あ、これなら、と思った「本栖」は即完売である。
ここで発想の転換、安物を使ってみるのも偏屈オヤジらしい。
1本200円の「プレピー」も同じキャップを使っている。
まるでボールペンのようなデザインで万年筆。
カバンに放り込んでおくのに丁度良い。ガシガシ使えるだろう。
「よし、これで行こう!」と決めた。
アマゾンでチェックすると売っている。
しかし、マーケットプレイスでしか出品が無く、200円のものに送料400円はいかがなものか?
近所の文具屋に行ってみた。無かった。
やはり、大きな店に行かないと無いのだろうと重い腰を上げてみた。
紀伊國屋書店に行ってみる、
大量の筆記具コーナー。シャープペン、ボールペン、水性筆記具。
どこに分類されるのだ?200円の万年筆。
万年筆コーナーは別誂え。そっちにはない。
探すと棚の人気のないエンド側に「その他」という風情でビニール袋に入ってぶら下がっていた。
おお、これこれと、見ると、細字の標準タイプ。
0.5と書いた中字が欲しい。
これで我慢するべきなのだが、ちょっと暇になった日曜日、他の店も回ってみる。
梅田ロフト、隣に出来た丸善、ない。
戻って阪急百貨店、阪神百貨店、ない。
折り返して大丸梅田店の東急ハンズ、ここに無ければ帰ろうと思ったら、あった。
たかだか200円の万年筆もこれだけのバックストーリーを抱えると、唯一無二の大切なものに変化してしまった。
気軽にガシガシ使えるのが良いところのはずだったのに。
黒・赤・シャープが内蔵されてこれ一本という「新しさ」が好きだった。
仕事を始めた当時はまだまだ新しく、太いモノや機能重視の不細工なものしか無かった。
バーバーリーブランドの一見万年筆のような複合筆記具を見つけたときは3本も買い込んだものだ。
しかし、寄る年波には勝てない。
黒だと思って書き始めると赤だったという事が頻発するようになった。
もう、複雑なものを使いこなす年じゃない。
細いペン先の文字も細すぎると見えにくくなった。
これは、黒しか出ない、これは、赤しか出ない。
どれも、太い字が書ける。
そういうものが欲しくなる。
ここで、「マッキー」に行く人を何人か知っているが、フエルトペンは好きじゃない。かすれ方が好きじゃない。
だとすると、もう、万年筆に行くしかない。
てなことで、万年筆にはまり、お気に入りも何本か見つけ、赤専用も買った。
ところが、絶滅危惧種には絶滅に至るちゃんとした理由がある。
しばらく使わずにいると、ペン先が乾く。
「あ、これメモ!」という時に、使えない。
毎日、日記を付け、手入れし、常に備えるべきなのだろうが、残念ながら私はそういう訓練をしてこなかった。今後もするつもりはない。
気に入らなかった万年筆を全部確かめる。
どれもこれも、書けない。
ただ、唯一、プラチナ万年筆のプレジールだけが書けた。
キャップに工夫がしてあり、1年使わなくても書けると宣伝の商品だ。
その機能だけで買ってみたがメッキがちゃちくて使わなかった。
ま、1000円の万年筆に何を欲張っているのかという問題である。
機能はよい。しかしこの品質は愛せない。
ここでプラチナの高級万年筆に行くべきなのだろうが、ペリカンやモンブランならいざ知らず、プラチナに数万円使う勇気がない。
あ、これなら、と思った「本栖」は即完売である。
ここで発想の転換、安物を使ってみるのも偏屈オヤジらしい。
1本200円の「プレピー」も同じキャップを使っている。
まるでボールペンのようなデザインで万年筆。
カバンに放り込んでおくのに丁度良い。ガシガシ使えるだろう。
「よし、これで行こう!」と決めた。
アマゾンでチェックすると売っている。
しかし、マーケットプレイスでしか出品が無く、200円のものに送料400円はいかがなものか?
近所の文具屋に行ってみた。無かった。
やはり、大きな店に行かないと無いのだろうと重い腰を上げてみた。
紀伊國屋書店に行ってみる、
大量の筆記具コーナー。シャープペン、ボールペン、水性筆記具。
どこに分類されるのだ?200円の万年筆。
万年筆コーナーは別誂え。そっちにはない。
探すと棚の人気のないエンド側に「その他」という風情でビニール袋に入ってぶら下がっていた。
おお、これこれと、見ると、細字の標準タイプ。
0.5と書いた中字が欲しい。
これで我慢するべきなのだが、ちょっと暇になった日曜日、他の店も回ってみる。
梅田ロフト、隣に出来た丸善、ない。
戻って阪急百貨店、阪神百貨店、ない。
折り返して大丸梅田店の東急ハンズ、ここに無ければ帰ろうと思ったら、あった。
たかだか200円の万年筆もこれだけのバックストーリーを抱えると、唯一無二の大切なものに変化してしまった。
気軽にガシガシ使えるのが良いところのはずだったのに。
スーパーに桜餅が出てた。
うまそうじゃない。
近所に古くからある和菓子屋がある。
町内会で赤飯を買っている店だ。
小学校の紅白饅頭も納品している。
所在不明のその店を裏通りで発見して以来、ひいきにしたいな、とは思っているが、なかなか足を運ぶ事もない。
行ってみるか。
スーパーの帰りに遠回りし和菓子屋へ行ってみる。
「桜餅はありますか」
「桜餅は節分を過ぎてからになります」
ああ、そうなのか。
春が来ないと桜餅は食べられないのか。
他を出し抜いて儲けに走る事よりも、
きちんと節句を守る事で価値を高める。
ボジョレーヌーボーと同じ事を街の和菓子屋がしている。
世界が等質化してゆく時代、大切なのは「違い」を大切にし、価値を創出する事。ブランディング。
そういう事が市井の隅々に行き渡っているのが日本という国だったんですね。
大切な事を学びながら、今年最後のうぐいす餅を買って帰りました。
うまそうじゃない。
近所に古くからある和菓子屋がある。
町内会で赤飯を買っている店だ。
小学校の紅白饅頭も納品している。
所在不明のその店を裏通りで発見して以来、ひいきにしたいな、とは思っているが、なかなか足を運ぶ事もない。
行ってみるか。
スーパーの帰りに遠回りし和菓子屋へ行ってみる。
「桜餅はありますか」
「桜餅は節分を過ぎてからになります」
ああ、そうなのか。
春が来ないと桜餅は食べられないのか。
他を出し抜いて儲けに走る事よりも、
きちんと節句を守る事で価値を高める。
ボジョレーヌーボーと同じ事を街の和菓子屋がしている。
世界が等質化してゆく時代、大切なのは「違い」を大切にし、価値を創出する事。ブランディング。
そういう事が市井の隅々に行き渡っているのが日本という国だったんですね。
大切な事を学びながら、今年最後のうぐいす餅を買って帰りました。
六つに割れた美しい腹筋を見る時、「すげぇな」とか「頑張ったんだなぁ」とか「あたしには無理!」とか人によりいろいろ感じる。
もちろん「無理!」ではなく、誰でもやれば出来る。
ただ問題は、「やらなければ、戻る。」という点にある。
あの美しい腹筋も儚い命で、ひと月もすればただの腹に戻る。
維持管理をし続けていることで、美しい腹筋は実現されている。
その労力と時間コストを考えた時「私には無理!」は正しい。
それは、掃除に似ているかもしれない。
美しい家を保つ方法は、汚れに気づいた時、その場でそこだけ掃除する。
これを続けることで美しい家は実現できる。
週末にまとめて掃除しても、「やった!」という満足感は得られても、美しさは得られない。それは体を動かした満足感であり、残りの6日間は汚いという不満の中で暮らさねばならない。
掃除というのは「汚れ」が「消える」の積み重ねであり、「問題を放置しない」という生き方の問題である。
「美しい国」も同じじゃないのかと思った。
少子化で物が余り、それでも作り続ける事でデフレが起きているのに、成長の幻想を捨てられない投資家に配当を続けるために、赤字国債を発行してでもモノを作り続けて、美しい国は達成できるのだろうか?
カンフル剤としての公共事業は結構だと思うが、無駄を壊す公共事業であるべきだと思う。国土強靱化は結構だが、新規建造ではなく、必要なものを補強する、不要なものを壊す、この選別をしっかりやって欲しい。どちらをやっても土建屋が動き、金が回るのだから、カンフル剤としては効果がある。
2030年頃にはインフラ維持だけで国家予算を食い潰す時代が来るという。
今、その判断をし、問題を潰してゆく日々の努力がない限り、美しい国は達成できないと思う。
美しい腹筋は維持努力にかける精神力の美しさだ。
夏の参院選だけを見つめる選挙運動用バラマキ政治には美しさがない。
もちろん「無理!」ではなく、誰でもやれば出来る。
ただ問題は、「やらなければ、戻る。」という点にある。
あの美しい腹筋も儚い命で、ひと月もすればただの腹に戻る。
維持管理をし続けていることで、美しい腹筋は実現されている。
その労力と時間コストを考えた時「私には無理!」は正しい。
それは、掃除に似ているかもしれない。
美しい家を保つ方法は、汚れに気づいた時、その場でそこだけ掃除する。
これを続けることで美しい家は実現できる。
週末にまとめて掃除しても、「やった!」という満足感は得られても、美しさは得られない。それは体を動かした満足感であり、残りの6日間は汚いという不満の中で暮らさねばならない。
掃除というのは「汚れ」が「消える」の積み重ねであり、「問題を放置しない」という生き方の問題である。
「美しい国」も同じじゃないのかと思った。
少子化で物が余り、それでも作り続ける事でデフレが起きているのに、成長の幻想を捨てられない投資家に配当を続けるために、赤字国債を発行してでもモノを作り続けて、美しい国は達成できるのだろうか?
カンフル剤としての公共事業は結構だと思うが、無駄を壊す公共事業であるべきだと思う。国土強靱化は結構だが、新規建造ではなく、必要なものを補強する、不要なものを壊す、この選別をしっかりやって欲しい。どちらをやっても土建屋が動き、金が回るのだから、カンフル剤としては効果がある。
2030年頃にはインフラ維持だけで国家予算を食い潰す時代が来るという。
今、その判断をし、問題を潰してゆく日々の努力がない限り、美しい国は達成できないと思う。
美しい腹筋は維持努力にかける精神力の美しさだ。
夏の参院選だけを見つめる選挙運動用バラマキ政治には美しさがない。
地球儀と砂漠と無力感
2013年1月27日 日常
スパワールドに「世界の岩盤浴」が出来たので行った。
地球儀が回っていて、その周りでみんな寝てる。
地球儀を見ながら私も寝た。
国別じゃない衛星画像で出来た地球儀を眺めていた。
右から左へと流れていく。
海がある、台風がある、森がある。
こないだテロがあった北アフリカが現れる。
砂漠だ。
砂漠はなぜ産まれるんだろう。
過去に都市化した場所が砂漠になるんだろうか?
そんなことを考えていると、またぐるっと回ってきた。
砂漠地域は、中国奥地から北アフリカ西部まで、まるで何者かがこすったかのように、茶色く長く広がっている。
こりゃ、どういうことだ?
本当に、誰かがこすったみたいだ。
都市化なんてレベルじゃない。地球規模の話だ。
また、ぐるっと回ってくる。
オーストラリアも大半が砂漠だ。
北アメリカも、西半分は砂漠だ。
どういうわけだろう?
地球儀は西から東へと回ってゆく。
こういう風に回っていると、その上を覆う空気は、くるくると転がらなきゃならないだろうな。
地面とつながってない大気は、どうしても、置いてけぼりをくらう。
相対的に、空気は、東から西へと流れてゆくんだろうな。
(なんか昔ジェット気流が緯度範囲で西へ東へ流れてゆく図を見た気もするが、目の前の地球は一定速度でぐるぐる回っているのを見ていると、大気も一定速度で地球と逆方向に流れているように思えてくる。)
太平洋。海水が蒸発する。
日本や中国まで湿った空気が流れてくる。
中国奥地の高度の高い地域に湿った空気はぶつかり、雨となり平野をぬらす。
乾いた風が、タクラマカン砂漠を駆け抜ける、わずかに残った湿気は、アフガニスタンの高低差でふるい落とされる。
極端に乾いた風が、アラビア半島から北アフリカの大地の湿度を奪いながら駆け抜ける。
あー、そうかー。
そうやって、砂漠は産まれるんだな。
アメリカ大陸も、オーストラリアも、高い山までは緑だけど、そこから西は砂漠だ。
南アメリカは、アマゾンをぐるっと囲むように山がそびえている。
だからあの広大な湿地が産まれたんだ。
カリブ海は、細い谷間をしめった風が通りすぎる。だから海が荒れ、海賊船や幽霊船が跋扈する。
アフリカで砂漠緑化なんて事業もあるけど、
そんなの無理な話なんだな。
ヒマラヤ山脈を削ってしまわないと、北アフリカは緑化できない。
インドより南は、風が中央アフリカに当たる。
そのあたりから、砂漠はない。
「砂漠緑化に賭ける人々」なんて記事を読んだ時は「がんばれ」なんて思ってたけど、これを見ると、無力感しかない。
自然科学は冷徹だね。
地球儀が回っていて、その周りでみんな寝てる。
地球儀を見ながら私も寝た。
国別じゃない衛星画像で出来た地球儀を眺めていた。
右から左へと流れていく。
海がある、台風がある、森がある。
こないだテロがあった北アフリカが現れる。
砂漠だ。
砂漠はなぜ産まれるんだろう。
過去に都市化した場所が砂漠になるんだろうか?
そんなことを考えていると、またぐるっと回ってきた。
砂漠地域は、中国奥地から北アフリカ西部まで、まるで何者かがこすったかのように、茶色く長く広がっている。
こりゃ、どういうことだ?
本当に、誰かがこすったみたいだ。
都市化なんてレベルじゃない。地球規模の話だ。
また、ぐるっと回ってくる。
オーストラリアも大半が砂漠だ。
北アメリカも、西半分は砂漠だ。
どういうわけだろう?
地球儀は西から東へと回ってゆく。
こういう風に回っていると、その上を覆う空気は、くるくると転がらなきゃならないだろうな。
地面とつながってない大気は、どうしても、置いてけぼりをくらう。
相対的に、空気は、東から西へと流れてゆくんだろうな。
(なんか昔ジェット気流が緯度範囲で西へ東へ流れてゆく図を見た気もするが、目の前の地球は一定速度でぐるぐる回っているのを見ていると、大気も一定速度で地球と逆方向に流れているように思えてくる。)
太平洋。海水が蒸発する。
日本や中国まで湿った空気が流れてくる。
中国奥地の高度の高い地域に湿った空気はぶつかり、雨となり平野をぬらす。
乾いた風が、タクラマカン砂漠を駆け抜ける、わずかに残った湿気は、アフガニスタンの高低差でふるい落とされる。
極端に乾いた風が、アラビア半島から北アフリカの大地の湿度を奪いながら駆け抜ける。
あー、そうかー。
そうやって、砂漠は産まれるんだな。
アメリカ大陸も、オーストラリアも、高い山までは緑だけど、そこから西は砂漠だ。
南アメリカは、アマゾンをぐるっと囲むように山がそびえている。
だからあの広大な湿地が産まれたんだ。
カリブ海は、細い谷間をしめった風が通りすぎる。だから海が荒れ、海賊船や幽霊船が跋扈する。
アフリカで砂漠緑化なんて事業もあるけど、
そんなの無理な話なんだな。
ヒマラヤ山脈を削ってしまわないと、北アフリカは緑化できない。
インドより南は、風が中央アフリカに当たる。
そのあたりから、砂漠はない。
「砂漠緑化に賭ける人々」なんて記事を読んだ時は「がんばれ」なんて思ってたけど、これを見ると、無力感しかない。
自然科学は冷徹だね。
AKBの劣化がはなはだしい。
なっちがモーニング娘。を辞めた時を思い出す。
グループには中心人物がいる。
その人が欠けると総崩れになってしまうような人だ。
誰が抜けても元気だったモーニングなのに、なっちが卒業したとたんモーニング娘。が精彩を欠いてゆく姿を見て、
「ああ、モーニング娘。というのはなっちのバンドだったんだな」と感じた。
なぜか「バンド」という単語を使った。
アイドルもグループもふさわしくない気がした。
AKBもマエアツも良く知らないが
前田敦子引退以降AKBの陰りが著しい。
AKBは切磋琢磨戦いの場というイメージがあったが結局は「前田敦子のバンド」だったんだろうか。
勢いはすっかりももクロに移ってしまった。
この間、いとうせいこうが言っていたが、バンドという言葉の意味は、ゴムバンドや腕時計のバンドと同じ意味の「バンド」なんだそうだ。
人と人とを音楽でぎゅっと結びつけたもの、それが「バンド」の元々の意味なのだそうだ。
「モーニング娘。は、なっちのバンド」という言葉を使ったのは、あながち間違いじゃなかったという事になる。
なっちがモーニング娘。を辞めた時を思い出す。
グループには中心人物がいる。
その人が欠けると総崩れになってしまうような人だ。
誰が抜けても元気だったモーニングなのに、なっちが卒業したとたんモーニング娘。が精彩を欠いてゆく姿を見て、
「ああ、モーニング娘。というのはなっちのバンドだったんだな」と感じた。
なぜか「バンド」という単語を使った。
アイドルもグループもふさわしくない気がした。
AKBもマエアツも良く知らないが
前田敦子引退以降AKBの陰りが著しい。
AKBは切磋琢磨戦いの場というイメージがあったが結局は「前田敦子のバンド」だったんだろうか。
勢いはすっかりももクロに移ってしまった。
この間、いとうせいこうが言っていたが、バンドという言葉の意味は、ゴムバンドや腕時計のバンドと同じ意味の「バンド」なんだそうだ。
人と人とを音楽でぎゅっと結びつけたもの、それが「バンド」の元々の意味なのだそうだ。
「モーニング娘。は、なっちのバンド」という言葉を使ったのは、あながち間違いじゃなかったという事になる。
この問題、申し訳ないが放置させてもらう
2013年1月19日 日常桜宮高校のスポーツ科の件で、下記の記事を読んだ。
「罪」が無いのに「体罰」はおかしい。
http://bizmakoto.jp/makoto/spv/1301/15/news022.html
内実は生贄を使った軍事教練だ。
「体罰」という用語は、まるで生徒に「罪」があったかのように思わせる教育委員会の保身発表でしかない。
無自覚に、その用語を垂れ流すマスコミも悪い。
というのがこの記事の要旨。
私は、身体を動かすのは好きだが、団体競技が好きでない。
連帯責任なんてのは大嫌いだ。
「自分が頑張らなければ、他人に迷惑をかける。」
私のような運動が得意でない人間にとって、それは地獄だ。
必ず他人の足を引っ張るのであれば、最初から迷惑などかけたくない。
団体競技というものは連帯責任と同義語である。
だから私はやらない。
やらないから、やってる人は勝手にやっててくれというのが基本的な私の立ち位置だ。
注意したいのは、スポーツというものは「やれば伸びる」という実感を伴う。
「身体の成長」「能力が高まる」という全能感への喜びがそこに確実にある。
限界があることを忘れさせる何かがあるという事だ…。
「トップ選手と同じ高みに届こうとするのがメンバーの義務」
団体競技でトップを目指すというのは、そういうものを必要とするのだろう。
事実、あの教師は熱心な良い教師だという保護者も多い。
生け贄にならずに済んだ人間にとっては、恐怖政治であろうが優勝できればそうなるだろう。
スポーツ科なんてのは、体育で食っていこうと夢見る人達なんだから、弱肉強食、勝手にしてくれれば良いのだが、こんなシステムは、軍隊などの特殊地域限定にして欲しい。
こんな考え方で世間が蹂躙されたらたまらない。
とはいえ、会社組織も結構こういうシステムで運営されてたりする。
例えば死んだ彼に「辞める」という道は無かったのか?
そう問うと「退路を断たねば伸びない」という反論が聞こえそうだ。
実際、企業でも「君、この転勤を受けなかったら…」という話はそこここに転がってるだろう。
いや、こんなのも近頃はパワハラと呼ばれ禁止されてるんだっけ?
人は怠惰なものだ。
会社にせよ、スポーツにせよ、上を目指すには怠惰な層を引っ張り上げないと上は目指せない。
本来、上を目指す人間は勝手に上を目指す。
だがそれは、人間に優劣があるのではなく、
いくら優秀な人間でも、自分の興味のない分野は怠惰になるものだ。
桑田真澄が体罰サイテーと言っていたが、彼は投球において優秀な人間だ。だから勝手に上を目指す。彼も不得意分野では、どうしようもなく怠惰ではないのか?
勝手に頑張る人間の話と、どうしようもない人間がどう生きていくかという話は別の問題だ。
怠惰な人を頑張らせるためには、どういう手段があるのか?
手っ取り早いのは、かの教師の取った「恐怖政治」だ。
それで良いのか?
この問題の結論は私には出せない。
会社を作っても人は雇わずにきた。
弟子をとり、こういう問題と体力気力の充実しているときから向き合うべきだったと解っていたが、結局、逃げた。
恐怖によらず、他人を動かす。
その技術は高度なものだと思う。
手っ取り早い手段で良しとする人達は、嫌いだ。
自分が、一番やりそうだからだ。
「罪」が無いのに「体罰」はおかしい。
http://bizmakoto.jp/makoto/spv/1301/15/news022.html
内実は生贄を使った軍事教練だ。
「体罰」という用語は、まるで生徒に「罪」があったかのように思わせる教育委員会の保身発表でしかない。
無自覚に、その用語を垂れ流すマスコミも悪い。
というのがこの記事の要旨。
私は、身体を動かすのは好きだが、団体競技が好きでない。
連帯責任なんてのは大嫌いだ。
「自分が頑張らなければ、他人に迷惑をかける。」
私のような運動が得意でない人間にとって、それは地獄だ。
必ず他人の足を引っ張るのであれば、最初から迷惑などかけたくない。
団体競技というものは連帯責任と同義語である。
だから私はやらない。
やらないから、やってる人は勝手にやっててくれというのが基本的な私の立ち位置だ。
注意したいのは、スポーツというものは「やれば伸びる」という実感を伴う。
「身体の成長」「能力が高まる」という全能感への喜びがそこに確実にある。
限界があることを忘れさせる何かがあるという事だ…。
「トップ選手と同じ高みに届こうとするのがメンバーの義務」
団体競技でトップを目指すというのは、そういうものを必要とするのだろう。
事実、あの教師は熱心な良い教師だという保護者も多い。
生け贄にならずに済んだ人間にとっては、恐怖政治であろうが優勝できればそうなるだろう。
スポーツ科なんてのは、体育で食っていこうと夢見る人達なんだから、弱肉強食、勝手にしてくれれば良いのだが、こんなシステムは、軍隊などの特殊地域限定にして欲しい。
こんな考え方で世間が蹂躙されたらたまらない。
とはいえ、会社組織も結構こういうシステムで運営されてたりする。
例えば死んだ彼に「辞める」という道は無かったのか?
そう問うと「退路を断たねば伸びない」という反論が聞こえそうだ。
実際、企業でも「君、この転勤を受けなかったら…」という話はそこここに転がってるだろう。
いや、こんなのも近頃はパワハラと呼ばれ禁止されてるんだっけ?
人は怠惰なものだ。
会社にせよ、スポーツにせよ、上を目指すには怠惰な層を引っ張り上げないと上は目指せない。
本来、上を目指す人間は勝手に上を目指す。
だがそれは、人間に優劣があるのではなく、
いくら優秀な人間でも、自分の興味のない分野は怠惰になるものだ。
桑田真澄が体罰サイテーと言っていたが、彼は投球において優秀な人間だ。だから勝手に上を目指す。彼も不得意分野では、どうしようもなく怠惰ではないのか?
勝手に頑張る人間の話と、どうしようもない人間がどう生きていくかという話は別の問題だ。
怠惰な人を頑張らせるためには、どういう手段があるのか?
手っ取り早いのは、かの教師の取った「恐怖政治」だ。
それで良いのか?
この問題の結論は私には出せない。
会社を作っても人は雇わずにきた。
弟子をとり、こういう問題と体力気力の充実しているときから向き合うべきだったと解っていたが、結局、逃げた。
恐怖によらず、他人を動かす。
その技術は高度なものだと思う。
手っ取り早い手段で良しとする人達は、嫌いだ。
自分が、一番やりそうだからだ。