本日付朝日新聞朝刊オピニオンのページは「八百長と日本社会」というテーマ。
その中で金田一秀穂さんが「白黒つけない人情の言葉」という文章を掲載していた。

「うみをだしきる」の件で、今後の大相撲はどうなるのか心配していたが、まさしく解答という気持ちで読んだ。
国語学者というのは、日本文化のオーソリティーでもあるんだなぁと感心。

「最近は物事をはっきり言う、白黒つけることがわかりやすくて良いと言われますが、幼稚な考えと言えないでしょうか。白黒つけないのが大人、日本人的なんです。」と秀穂さんは説く。

明治以来、西欧文明に追いつき追い越せとやってきたが、キリスト教文化が世界各地で綻び始めている昨今、規範を欧米文化に求めるのはすでに限界だと言う事は自明の理。日本人はまず、欧米の目で日本文化を見直さないといけない。
数千年独立国であり続ける日本の文化は、「持続可能性」を実現する工夫の宝庫だと思う。

秀穂さん曰く、八百長と似た言葉は日本語にはたくさんある「融通を利かせる、手心を加える、顔を立てる。」指摘されると、なるほどと思う。

問題は、そこにある、人の心のありようだ。
自分だけの事を考えているのか、身の回りの人の事だけを考えているのか、相撲界全体を考えているのか、日本の将来を見据えているのか。

日本の将来まで見据えてはいるが、例外として身の回りの事を優先する事もあるだろう。
例外だと言い訳して、例外だらけになっている人も居るだろう。
すべてをひっくるめて「八百長はイカン」では、生きにくい世の中になる。

日本人は「はっきり勝ち負けをつけたがらない。グズグズにしとくのが好き」なのは、融通を利かせる余裕を見た上で、本当に悪い人は避けるという、日本人の高い民度があってこそである。

「親の顔が見たい」なんて言葉もそんな民度の表れなのかもしれない。

大相撲協会は、どの程度の内実なのか。
物言わぬ世間様は、その行程をしっかりと見ているのである。


コメント

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2011年2月18日23:44

 魚心あれば水心……(--;)……

 政治(選挙)にだけは、使ってほしくないんですけどね、その尺度……★

たま
2011年2月19日11:36

渡す方より、受け取る方に問題有りだと思うんですよね。
渡すような人には入れない。

でも、町内会でバス旅行とかいっぱいやってますよね。
参加費は払ってるけど、結構お得なコース。
なぜか市会議員が挨拶する。

もらっているのかもらってないのか、つきあいなのか違うのか。

そういう機会に、その政治家の意思を見切る眼力が国民に必要なんだと思うんですよ。
いやがらずに参加して、見切る。
ダメなら相手にしない。

そういう民度を高めていかないと…。

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

日記内を検索